絆の法則  〜澤谷鑛オフィシャルブログ〜

『すべての「結果」は引き寄せられている〜運命を決める「牽引の法則」〜』『絆の法則』の著者、澤谷鑛の公式ブログです。
幸せとは、人生とは、家族とは、人間関係とは、絆をテーマにそういった内容についてお届けします。
<< August 2008 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
   

 【お知らせ】

学研より好評発売中!!


澤谷 鑛 渾身の講座
【しあわせな人生の実現をサポートする人材養成講座】
第二期 募集開始!!

http://www.kou-sawatani.com/yousei_2ki.html
多くの人の幸せな人生に貢献できる人になりませんか???



  澤谷鑛セミナー・講演会情報

■8月23日(土) 東京セミナー 定員30名 現在16名
■8月24日(日) ヒューマンライフ研修会in東京
定員20名限定 現在11名

■9月6日(土) 京都セミナー 定員30名 現在9名
■9月7日(日) ヒューマンライフ研修会in京都
定員20名限定 現在8名


    ヒューマンライフセミナーCD新発売!!
     セミナーでの興奮、学びをご自宅でも!!
     初回50名セットのみ特別料金で
      7,000円 → 5,000円
     お盆の間に特別料金50セットは完売しました。
お問い合わせがあるため、あと20セット分だけ特別料金でお届けします(残り18セット)。
     詳細、お申し込みはコチラから


    ■澤谷鑛
     ・個人カウンセリング(90分):20000円
     ・スカイプカウンセリング(90分):16000円
    ■桑名正典
     ・個人カウンセリング(90分):15000円
     ・スカイプカウンセリング(90分):11000円
   お申し込みはコチラから



ゆく河の流れは 絶えずして

ゆく河の流れは 絶えずして
                         紅林千賀子

久しぶりに ちひろと 大喧嘩した。
もうすぐ ちひろに本当の話を告白する予定なのに なんで こんなときに・・・と 後から思った。

数年前 さつきが 修学旅行でオーストラリアに行く予定だったとき(結局 9.11事件で 海外ではなくなってしまったけれど)パスポート申請の為に 初めてさつきに戸籍を見せることになった。そこには 確かに実父の名前があり 今の夫は 養父とあった。

当時 17歳、高校2年生だった さつきは やはり 記された真実にショックを隠せなかった。今の夫と再婚したときは 7歳で もう小学校1年生だったから 彼女は 事実を知っていたはずなのに やはり「記されたもの」は 大きかったらしい。

ふと それを思い出し、ちひろの気持ちを思った。

さつきと違って 産まれて直ぐに 亡くなってしまっている。
真実を 知ったら どれほど ショックだろう・・・。

でも だから、私は 心が揺らいでいるの?! だから 大喧嘩になったの? ちひろの態度と言い分に 腹を立てた自分を 振り返った。怒るのではなく 叱っている? それとも また 同じことの繰り返し? 仏向上、仏向上・・・って 私の場合 蚊取り線香の 渦巻きくらいの向上? と 自分に問いかけながらも いつにないほど 私は 真剣だった。きちんと ちひろと 話がしたかった。

リビングで 夫とたわいもないことを 話していたら それまで 友達に メールを打っていたさつきが 突然
「パパとママってさ 足して2で割ったら 調度いい・・・ていうか・・・釣り合いが上手く取れてるよね」
なんて 言った。
・・・何を 生意気な・・・
と 思って 片笑みを浮かべた。 

すると 暫くして 自分の部屋に行ったさつきから 今度は メールが来た。

「パパを嫌いだと 思ったことも、生理的に受け付けないと 思ったことも、本当の 父親ではないと 思ったことも、たったの一度もないよ。パパがいたから 今こうやって住む家があって 食事が出来て たくさんの兄弟に恵まれて・・・。今こうやって家族が仲良くやっているのも、パパとママの釣り合いがとれていて バランスよく保たれているからだと思うんだ。

私が 命を粗末にしようとしたとき
ゲンコツが目に当たってしまったとき
ちひろと海で迷子になったとき
抱きしめるのでなく ひっぱたかれたとき 
すごくすごく嬉しかった。

私が パパにネクタイをプレゼントしたとき 目をうるうるさせてた パパを見たとき すごくすごく嬉しかった。

時々 みんなでパパを バカにしたように笑っても 笑って返してるパパは ホントに凄いと思った。

たまに無神経だなって 感じるときもあるけど パパなりに 精一杯に頑張っていて 仕事がうまくいってないときも きっと ママが想像するよりも ずっとずっとずっと 情けなく辛く思ってるんだと 思うよ。パパのふとした表情を見ていて そう思ったんだ。

いつまでも、紅林家の主でいてくれるパパを 尊敬するし 感謝するし 欠かせない存在だと思うし。勿論 ママに対してもそう思ってるよ。なんか、偉そうに聞こえたら ごめん」

突然 一体どうしたんだろう。

ちひろと私の喧嘩を 知りながら 何かを 感じていたのだろうか。それとも 実のお父さんとのメールのやり取りの中で 何かあったのかな・・・

もう一度 メールを読み返したとたん そこに 先日 澤谷先生から戴いたメールの中の「信頼や愛情や智慧」を 感じた。

実父と 養父の間で 生きる 娘の智慧・・・。私の中にも 彼女は それを感じたのかもしれない。

それにしても 養女であるさつきに ここまで 想ってもらえる夫は 流石だ と思った。

夫に 人としての 大きな愛が あったからだ。誰にも解ってもらえなくても 自分さえ 解っていればそれでいい 勿論 見返りを期待するでもない夫の 確かな揺るがない愛が さつきには しっかり伝わっていた・・・そんな 気がした。

それは 同じ釜の飯を食いながら 泣いたり 笑ったりしながら 共に暮らした その生活の中で 確かに 育んできたものだった。最初は 小さな芽だったそこから 暖かい太陽の光を浴びたり 時には雨が降り 時には 嵐にもなり・・・でも その歳月が 愛を育てたのだ・・・と思う。

夫を こころから 素晴らしいと・・・偉大だと・・・静かに そう思った。

私は? 私だって ちゃんとやってきたではないか! そこに 愛があったはずだ。悩んだり 苦しんだりしながらも 一所懸命 ちひろに 伝え続けてきたものが あったはずだ。

8月11日。澤谷先生に 初めて会いに京都へ伺い カウンセリングを受けに行った日から  丁度1年が経つ。

まさか その頃 私は さつきが 実父と再会を果たすとも 思っていなかったし ちひろに 真実を告白する日が そろそろ やってくるなんて 思っていなかった。

   ・・・ゆく河の流れは絶えずして 
   しかも、もとの水にあらず
   淀みに浮かぶ うたかたは、
   かつ消えかつ結びて、
   久しくとどまりたる例なし。
   世中にある人と すみかと、
   またかくのごとし・・・

   「方丈記」を また 想った。

澤谷先生の カウンセリングの下 絆の糸をひとつひとつ 紐解いていった。

もう直ぐ ちひろの亡き実の母の命日だ。ちひろの亡き母を想い 絆の結びなおしをし 私の 亡き両親との 絆の結びなおしをし 夫とも 絆の結びなおしをした。そしてそれは 実は「自分」との 絆の結びなおしに 繋がっていた気がする。

あるがままの自分を認め 許し 受け容れることによって そこに真の意味での「誇り」というものをも 見出すことも 出来たのかもしれない。

自慢ではなく 誇り。誇りとは その人をその人たらしめるもの。その人の生き方を支えるもの。・・・と 何かで読んだ記憶がある。生きざまに 裏づけられ そして 生きざまを 裏づけるものだろうか・・・。

私が この1年間で得たもの・・・。それは 自分を赦すこと。認めること。信じること。そして 何より あるがままの自分を 愛すること だと思う。

やっと 大地に根を 下ろせたような・・・そんな気がする。
- | permalink | comments(1) | trackbacks(0)

カウンセリング・2

カウンセリング・2
                         澤風 凜

夫の会社の人が、最近元気がない・・という・・。
「明日、時間があったら、その人に会ってみない?」
と、夫が私にその人へのカウンセリングをすすめてくれた。

私は二つ返事で引き受けたものの、やはり不安はぬぐえない・・。

自分の中で、動機をたしかめた・・。
「助けよう」という気持ちはないか・・
「私が、なんとかできる・・」と勘違いしていないか・・
「自己を抜かずして、自我をいれない」ことをわきまえているか・・。

そして、これだけは、決して忘れてはいけないと思った。

「彼を信頼し、彼のしあわせを心から信じきること」

喫茶店で待ち合わせをし、彼の姿をみて驚いた・・。もともと痩せてはいたが、更に痩せているし、目に輝きがない・・。まだまだ勉強中の私のカウンセリングを受けようなんざ、よほどのことなんだ・・とその姿から思った。

外を行きかう車の流れを見ながら、ポツリポツリと彼は話し出した・・。

仕事のこと、上司のこと、まわりのこと・・。そして、自分でも元気がでないし、「病気なんじゃないか?」と上司からも言われたと・・。

私の知っている彼は、とても清清しくて、目がキラキラ輝いていた。スノーボードをこよなく愛し、最近生まれた子供の写真を嬉しそうに見せる彼だった・・。しかし、テーブルをはさんで向かいに座っている彼は、まるで魂がぬかれたように意気消沈している・・。

少しずつ、問題と思われる部分に光をあて、溶かしていこうとする・・。

どうも、彼の中では、上司を威圧的で、理不尽だと思っている部分が見えた・・・。

間を大切にとりながら、彼と彼のお父さんの関係を聞いてみる・・。
「おやじには殴られたし・・、最後にはこっちから謝った・・」
そして、しばらくすると、
「おやじに怒られているときと同じだ・・」
そう言い出した・・。
「お父さんのこと・・もしかして、今の上司の人へ思っているのと同じじゃない?・・」
と聞くと、
「・・そうだ! ・・そういえば、そうかもしれない・・」

ほんの少しだが、彼の顔に希望がみえた・・。

「鏡の法則」の話、「牽引の法則」の話・・少しずつかいつまんで、様子を見ながら話してみた・・。

数時間話したが、結局のところ彼の顔に光がさしたのは数回だった・・。

途中から参加して、私の傍らで話を聞いていた夫に、あとからこういわれた・・
「相手は迷っているんだから、間をあけずに答えてあげなきゃ」
・・そんなこと言ったって、私の頭もめちゃめちゃフル回転だったんだから・・。

「それじゃ、また」と笑う彼の顔は、数時間前と変わっていなかったかもしれない・・。
自己満足してはいけない・・。反省点はたくさんあるし、気づかなければいけない点もたくさんある・・・。

カウンセリングって・・深いな・・って・・。一口でいえるほどのものじゃないくらい深い・・。痛感した・・。

でも、そんなことを積み重ねてプロになっていくんだね・・。

こうして、私の前に現れてくれて、たくさんの気づきをあたえてくれた彼に感謝します!そして、機会をあたえてくれた夫にも心から感謝です!

自分の中の引き出しに、一つ経験が増えました・・。
- | permalink | comments(6) | trackbacks(0)

初めてのカウンセリング

初めてのカウンセリング
                         澤風 凜

以前同じ職場で、同期で入社した知人がとても悩んでいると聞いた。
私がカウンセリングを学んでいると知っている上司が、声を掛けてくれ場を設けてくださった。

昨日、その知人と久しぶりの再会をした。

数年前からのご主人の傍若無人ぶりに、ほとほと愛想が尽きたという・・。時には暴力もあり、子供たちをつれて近所の家にかけこんだこともあるという・・。今は離婚したが、それでもご主人は復縁を願って執拗につきまとっているという・・。

話を聞きながら、知人の感情とご主人の感情の引き合っているところ、誰の追体験をしているのか、何が鏡になっているのかを探っていた。

「カウンセリングは法則や理を駆使するのはあたりまえですが、やはり人間力なのです」

と仰る澤谷先生のお言葉を痛感しました。

私が息子のことで意気消沈し、悲しみにくれていたときに、一番に聞きたかったのは、理屈でも潜在意識の話でもありませんでした。ただ「辛い」ということを受け止めてもらいたかったのです。過去をまるごと受け止めてもらいたかったのです。

知人は話を続けます・・

「うちの子は、そんな子じゃない・・って思ってたし、友達からも“そんなことする子じゃなくて、いい子だよ”と言ってもらってるんだ・・なのに・・どうして・・あんなことしちゃうの・・。うちの子だって“俺なんであんなことしちゃったのかわかんないんだ・・”って・・」

相談してくれた彼女は「離婚」ということをずっと握り締めていました。その罪悪感が贖罪をうみ、そこに息子さんの暴力事件が起こったのだと思いました。その流れを説明すると、彼女は納得してくださいました。

離婚後、ご主人が乗り込んできて暴れたことがあるそうです・・。そこに、初めて、大人しくて優しい長男が木刀をもって、「この家からでていけ!」と言ったそうです。相手の気持ちを慮るということは、生易しいことではありません・・。ときに思いやっているようで、自分の価値観の中からの想像にしか過ぎないときもあると思うのです。自分の母を守るため、自分の父に木刀をむける息子さんの気持ちは、どれほどだったのでしょう・・。

どこかに汚点や間違いを探すよりも、その「からくり」を知るほうが断然「生きている」ことへの力になると思います。

私は、知人を通して、自分を見ていたのかもしれません・・。私の前に現れてくれた知人も、私に何か教えてくれているのです。

「お母さんの笑顔は、子供たちの何よりの喜びであって、幸せだと思うよ・・」

私の経験は・・あれだけ泣きつくし、自分を責め続けた日々は、決して無駄ではなかった。
- | permalink | comments(14) | trackbacks(0)

人のつながり(絆)

人のつながり(絆)
                          吉野成人

先日・・・
もう、2週間ほど前になりますが、おもしろいことがありました。

私は、現在中学校でPTA活動を行っています。PTAを行うことになったきっかけは、校長先生と数人の有志があつまる会合でした。私たちは通称「美徳の会」と呼んでいます。

ヴァーチューズプロジェクトジャパンのファシリテーターであり理事である校長から、52の美徳について、あるいは個人の枠組みについて、最近では、瞑想なんてものまで学ばせていただいております。

おもしろい出来事は何か? っていう話に戻りますが、先日、校長がヴァーチューズの会合(?)で北海道へ行ったときの話しです。北海道在住のある方(仮にAさんとします)が、校長のもとにやってきて、
「吉野さんってご存知ですか?」
と聞いてきたそうです。校長は、
「えぇ、おそらくあの吉野さんだと思いますが・・・」
というような受け答えをしたそうです。
すると、Aさんが私のブログ記事をプリントアウトしたものを見せたそうです。わざわざ、ブログ記事をプリントアウトしてきたのですね。

詳しい話をお聞きすると、Aさんは、北海道での会合がある前に、インターネットで「ヴァーチューズ」というキーワードで検索を行ったとのこと。その検索キーワードで、私のブログにヒットしたそうなんです。私のブログ記事には、
「校長先生と数人でヴァーチューズカードを使って・・・」
「校長がファシリテーターで・・・」
というようなことが書いてあります。

Aさんは、「校長」「ファシリテーター」「北海道の会合」「ヴァーチューズ」というものが全て一致して、もしかして、これは今度北海道で行われる会合に来るOOさんのことではないか? と思ったそうです。そこで、私のブログ記事をプリントアウトして、ここに書いてあるのはOOさんのことではありませんか? ということになったそうです。

不思議なものですよね。なんだか、縁や絆を感じますね。
ヴァーチューズを学び、そのご縁でPTA活動を行うことになった私。
私のブログを偶然見つけたAさん。
Aさんと校長が北海道で会う。
偶然といえば偶然ですが、必然だったのかもしれませんね。

集合的無意識で全てのものはつながっているといいますが、これもひとつの事例ではないかと思うのです。不思議なものです。そして、Aさんには感謝いたします。よくぞ、私のブログを見つけてくださいました。そして、よくぞ読んでいただけました。

私はAさんの名前も顔もプロフィールもしりません。今も、継続的に私のブログを見ていただけているかどうかはわかりませんが・・・これも何かのご縁です。もしご覧いただけているのならとてもハッピーです。

そうです。今読んでいる、北海道のあなたのことです。
Aさん、これからもよろしくお願いしますね。。。

こんな、出会いや共通点ができるのも、インターネットというすぐれた環境のおかげですね。でもそれ以上に、人と人との大きな絆があるのも事実ではないでしょうか。そんな絆、出会いを大事にしたいなぁと思います。
- | permalink | comments(6) | trackbacks(0)

盲導犬の使命

盲導犬の使命
                        大多喜経子

 土曜日、いかがお過ごしですか? 

 気温が高いと、頭がぼーっとするというのは、過去にあまりなかったですが、なんだかクーラーのない部屋で過ごすとそうなるのですね、まさに初体験。

 さてさて、先日は仲良くして頂いている友人のお宅にお邪魔してのホームパーティに参加。セミナー講師やコーチをされている方とご縁結ばせて頂きました。ありがとうございます。いつか一緒にお仕事できればなと思います。

 その帰りの電車で、おそらく生まれて初めてですが、盲導犬を見ました。

とても興味があったので、結構見てしまいました・・・す、すみません。何度か、こっちが見ているので、それに気づいてこっちを見るという感じでしたが、私が降りる時に見ていたその盲導犬の目の表情っていうのか、そういうのが、なにかこう・・うまく表現できないですが、とても何かを訴えているように感じました。
 
 それを見たら、何やら急に悲しい気分になり、ホームで泣いている自分がいました・・・(明らかに変ですが・・・てか、最近よく泣くな)

 何が伝わったのかまったく不明ですが、盲導犬の使命って何だろう・・・って思ってしまいました。すごく人に貢献することをしています。障害を持たれた方の自由に寄与している感じがします。
 
 でも、盲導犬は盲導犬になりたかったのか?
 私は自分で選んでカウンセラーになりました。
 じゃあ、盲導犬はそれを選んだのか?・・・よくわかりません。
 たまたま盲導犬に適している犬種に生まれ、人間に盲導犬として育てられる。
 そこに彼らの意思はあるのか・・・。
 犬として、盲導犬として生きるよう、生まれる前に選択をしてくる。
 そんな感じなんだろうか。と思ってみたりします。

 でも、愛玩動物として、普通に飼われている犬がいる中で、実態はわかりませんが、自由にはしゃいだり、寝たりできない彼らは、本当はどう思っているんだろう・・・なんて変なことを考えました。人は、そういう様々な生き物の力を借りて、生きているのだ。その生き物の人生すべてを人のために捧げているという事実もあるのだ。ということに改めて気付いた感じです。すごいことですね、本当に。
 こういう事実があることを知ることができたことに感謝し、そして盲導犬に感謝をしなくてはいけないなぁと思いました。

 しかし、出会った盲導犬はかわいかった。かなり大きい体をしていましたが、前足を重ねてきちんと飼い主を守っていました。

 一緒に遊んだら楽しいだろうなぁー。

 明日は日曜日、また掃除でもしちゃおうかなー。

 皆様、よい週末をー
- | permalink | comments(8) | trackbacks(0)